めんたい子のイタリア狂想曲

イタリアを狂おしく想うめんたい子が、旅やグルメ、カルチャーなどイタリー情報をお届け。

たらこパスタ食べたら人生変わった

 

 

それは、めんたい子8歳の冬だった。

 

 

 

祖母のお見舞いで通っていた病院の食堂。

 

末期ガンの祖母を見舞った家族は、

重く、深い、トンネルの中に放り込まれ、

絶望の淵に立たされていた。

 

当時小学生だっためんたい子には

弱い姿を見せまいと、気丈に振る舞うめんたい母。

 

「スタミナをつけて元気出そう」

 

そんなつもりで注文してくれた、たらこパスタ。

 

 

それがめんたい子の人生を変えるとは、

母も、

祖母も、

食堂のおばちゃんさえも、

想像だにしなかったであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

めんたい子、たらこパスタの衝撃のうまさに、

開眼したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

のちにパスタは遠き地中海に面する

🇮🇹イタリア🇮🇹の食べ物だと知っためんたい子は

日に日に想いを募らせ、恋い焦がれるようになる。

 

中学時代の卒業研究は、

イタリア料理について発表し、優秀賞を受賞。

1学年の生徒数が80人という、

漁業が盛んな田舎学校の生徒諸君に、

イタリアという風を吹き込むことに成功した。

 

 

そして、

高校時代。

 

ついに人生初のイタリア人との対面を果たす。

 

 

それも一度に3人(地元の大学に留学していた大学生)。

 

ひとりはゲイ。

もうひとりは女たらしのゲス野郎。

 

でもいいの。ゲスだって関係ないの。

 

 

今まで外国人に対して 

ひと言も話せなかったシャイガール・めんたい子が、

ここぞとばかりに輝きを放った。

 

 

とにかくチャオ。

とにかくボーノを言いながら頰をほじくりまわす。

 

 

話せないながらもイタリア愛が伝わったのか、

別れ際になぜか女体の形をしたライターをもらい、

イタリアでいつか会おうねと固い契りを交わす。

 

 

わたしのイタリアへの愛は間違ってなかった!

 

 

そう確信しためんたい子は大学に入り、

イタリア語やイタリア文化を学べる学科を専攻し、

溢れるイタリア愛を形に変えていく。

 

歴史やキリスト教、西洋美術のほか、

ネオリアリズモ映画など

イタリアと名の付くものはすべて制覇。

 

初のイタリア旅行(語ると止まらないのでスルー)

や短期留学を経験し、

ロベルトベニーニの映画論で卒論を仕上げ、

青春時代を終える。

 

 

成熟しためんたい子は卒業後、

出版社に入り、情報誌の編集者に。

 

各地の取材やコラムの執筆をこなす日々を送るなか、

3年目で念願叶い、仕事という形で

満を持してイタリアの地を踏む。

 

さらに泣きの一回を頂戴し、

4年目でも仕事でイタリアと再会。

 

溢れる愛で全力で記事を書き上げる。

 

 

 

そして今。

 

毎年のように訪れてきたイタリアへの愛を

また違った形で表現しようと

ブログを始めることに。

 

 

よく友人らから聞かれる現地の観光情報や、

イタリアの文化、イタリア語などなど、

役に立つ情報を

ブログにしたためられればとおもう。

 

旅のアレンジやイタリア語翻訳も、

お気軽にご相談いただければ。

 

 

とにかく、わたしめんたい子の

イタリアへの狂おしいほどの愛を

皆さまと分かち合い、

イタリアファンがひとりでも

増えることを願って、

わたしは今日もたらこパスタをたべます。

 

 

今後ともどうぞよろしくお願いします。

 

めんたい子